1994年 地図 map Vol.32.No.1
金井弘夫編、アボック社刊、総発売元丸善。セット価格155,000円
本書は、2万5千分の1地形図の全地名の索引で、日本最大の地名索引である(以下『索引』と呼ぶ)。38万件という膨大な地名を収める。これを独力で完成された熱意と技術は敬服に値する。
1. 実用:個々の地名の検索
そもそもは著者金井氏の専門分野、植物学の標本採集地の検索のために企画されたという。コンピュータを駆使したために、以前なら考えられない短い年数で完成できた。コンピュータ出力がそのまま版下になっている。
なるほど微細地名・小地名探しにことに便利である。この『索引』で地名を探すと、その収録地図名+行政区画+経緯度が分かる。つまりどんな地図で地名を探すにも使える。生物学・地理学・方言学・民俗学・歴史学など、地名で地点が同定されるすべての関連分野に役立つ。アンケートで出身地を聞いて、どこの地名か分からないときなどにも便利である。もちろん一般にも役立つ。例えば「御巣鷹山」という名は最近有名になったが、手元の分県地図にもない。しかしこの『索引』で経緯度を知れば、位置がちゃんと分かる。また2.5万の図名が分かるので注文もたやすい。以上は、第1巻「五十音篇」の、地名の読みで引ける部分で、市販の地図帳の索引の拡張版というべきものである。
2. 『索引』の利点
この『索引』は、もっと便利にできている。第2、3巻『漢字篇』は、専門用語でいうとKLIC (Key Letter In Context) の形をとっている。地名の全文字を前後の文字をつけた形で配列してあり、どの文字からも引ける。例えば「左沢」のように読み方がわからない難読地名も漢字で引ける(漢字の音訓索引もついている)。目的の地名が「上田長」のように地名に分類要素がついているのに、地図ではただ「田長」になっているときには、「田」の字のところでも引ける。また「岬」など、ある漢字で終る地名も一覧できる。
このように、文字だけで引けるし、途中の一部分だけでも引けるので、植物標本の文字がかすれたときはもちろん、郵便・宅配便などの宛名が不完全なときにも使える。
以上のような利点があるから、購入すべき機関として、国土地理院・海上保安庁水路部・地図メーカー他の地図作成機関、放送・出版などのマスコミ機関、公共図書館、さらに地図売り場などの販売関係があげられる。また地図学者にも必携であろう。
3. 地名データベース
第2、3巻を見れば、個々の文字の頻度も分かる。コンピュータのよさで、すでに別表として集計したものがあり、個人的に見ることができた。この一覧表は、漢字を定める国語審議会や、JIS、さらにワープロメーカーにとっては、ぜひとも入手すべき資料だろう。
『索引』を読んでいて気づくことは、同一地名が全国に散らばっていることだが、また地名の読みも多様である。「こうや」という地名は「高・興・荒・耕・幸・後・向・合・郷+野・屋・谷」のような組合せがあり、同音多字の典型である。一方「角田」のように多様に読める同字多音の例も多く見つかる。この『索引』を読んでいくと、日本の地名の複雑さがよく分かる。
4. 地名分布図
実は、この地名コンピュータデータの最大の特徴は、出版された『索引』には直接反映されていない。地名データが分布作成プログラムと連動していて、この『索引』の任意の地名を、日本地図上にプロットできる。動植物にちなむ地名や、名字と同じ地名などが、『索引』の宣伝用カタログに日本地図として収録されている。また全地名の分布密度も図示されている。カタログだけでも入手の価値がある。
このデータベースを活用すれば、地名学への貢献の可能性は計り知れない。トキのように、地名と実物の対応を見ることもできるし、「沢」と「谷」が東西日本で分かれるような、地名同士のはりあいの関係も読み取れる。出版された『索引』を読み取って手作りもできるが、元々のデータからコンピュータで処理すれば早いし、正確で、きれいだ。卒論などに好適だろう。
コンピュータプログラムは、一定の範囲内で公開できるとのことである。科学史をひもとくと、特許などをとらずに公開した無欲な科学者が印象に残る。そのおかげで科学が進歩したといえる。今回の地名データも、今後の学問の発展に寄与するだろう。
20万分の1地図所載の地名すべてをデータにした前著(1981年刊)は第1回地名研究賞を得たが、今回の大著も賞賛に値する。
(井上史雄)
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