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北海道の花「ハマナス」の語源を探る

文・写真 姉帯正樹

2つの語源説

ハマナスの語源として「浜茄子」及び「浜梨」の2説が知られている。前者はその果実の形が初生りまたは小形のナスに似ていることから命名されたという説で、江戸時代中後期の文献に見られる。後者はハマナシが本来の名前で、東北地方で訛ってハマナスになったという説であり、大正、昭和初期に発表された。現在、『広辞苑』などは和名としてハマナシを採用、植物図鑑では片方を別名とするなど2種類の和名が用いられている。

しかし、仙台市野草園の菅野邦夫名誉園長をはじめとして、「浜梨」語源説に疑問を持つ研究者は少なからず存在する。

このような状況の下、NHKで活躍中の5歳女児チコちゃんの決め台詞「ボーっと生きて…!」に刺激された筆者は各種文献を調査した。その結果、方言ハマナスビ及びナスビノキを見出したことで「浜茄子」語源説に確信を持つに至り、さらにはトマトの古名などから導き出した新しい考えを『薬用植物研究』(第40巻2号、2018年12月20日発行)に発表することができた。今回は一般読者向けに文献を必要最低限に減じて本文を再構成し、さらには図を加えるなどして新説の概要を紹介したい。

ハマナスと玫瑰(まいかい)

ハマナスは北海道と東北地方の海岸に普通に見られる落葉低木で、日本海岸では鳥取県、太平洋岸では茨城県まで野生している。砂地以外でも生育可能であり、内陸でも栽培されている[写真1。夏から秋にかけて直径2〜3cmの扁球形果実を付け、真っ赤に熟す[写真2。リンゴに似た味がして、ジャムや果実酒原料としても利用でき、アイヌ民族も食糧として利用した。その和名初出文献は『草花魚貝虫類写生図』(狩野常信、巻10、1667、寛文7年)とされている。

中国にはこのハマナスによく似た玫瑰があり、乾燥した花は玫瑰花(まいかいか)と称される生薬である。花が重弁で、茎のトゲが少ないなどの点でハマナスとは異なり、その変種として扱われている[写真3。しかし、江戸時代の本草書はもとより、近年の日本や中国の薬草植物図鑑の多くはハマナスを充てている[図版1

「浜茄子」語源説

『滑稽雑談(こっけいぞうだん)』(四時堂其諺(しじどうきげん)、1713、正徳3年成立)には「玫瑰花(はまなす)秋に至って実を結び、初生りの茄子の如し、また食に堪えたり、故に浜茄子と云にや」と記載され、18世紀には浜茄子を語源とするハマナス=玫瑰花が定着していた。

伝統的本草学の最後の伝承者とされる白井光太郎も、『樹木和名考』(1933、昭和8年)で『大和本草批正』(小野蘭山の1808または09(文化6)年の講義録、未刊)の「實ははゞ七八分小茄子の如し、故にハマナスと云」を引用している。

「浜梨」語源説の嚆矢

北海道帝国大学で教鞭を執ったこともある武田久吉は、1919年(大正8年)、ハマナシ(浜梨)が東北で訛ってハマナスになったという説を『植物学雑誌』に発表した。しかし、「訛ってハマナスと称するか未だ確説なきが如し」と記し、誠に心許ない。さらに、意見を求められた南部洋も「ハマナスの語原は濱梨ならんと想像到し居り候も小生の郷里には自生品なき故確信出來申さず候…培養の梨をキナス、野生の梨をヤマナス等云ふ例も有之候故ハマナスは濱梨かと存ずる理由に候」と返信し、これまた根拠に乏しい。

その後、1933年(昭和8年)にはシーボルトの文献(後出)を引用して、「浜茄子の意では毛頭無い」と自信を深めている。

「浜梨」語源説の展開

武田に続き、植物図鑑で著名な牧野富太郎も浜梨語源説を展開した。すなわち、1940年(昭和15年)の『牧野日本植物図鑑』に和名としてハマナシを採用、ハマナスを誤称と強く主張した。そこには「和名ハ浜梨ノ意ニシテ浜茄子ノ意ニ非ズ、浜梨ハ其小児ノ食スル丸キ果実ニ基キ、浜なすハ東北人しヲすト発音スルヨリ生ゼシ称ナリ」と記している。また、『続植物記』(1943、昭和18年)には「世人が賛成しようがしまいが敢て其んな俗論には頓着せず、今此植物をハマナシと絶叫して少しも憚からないのである」とあって自信のほどがうかがえる。

ただ、本説を裏付ける文献は不明(未発表?)で、武田の文献も引用していない。これに対し、植物語源研究家深津正は本説を「主観的な『意見』であって、科学的もしくは学問的に証拠だてられた客観的事実とは言い難い」と評している。

ハマナシ(浜梨)と記録された古文献

シーボルトが長崎出島に再建した植物園のリスト(1828、文政11年)には、ハマナシの名が見られる。また、著名な『日本植物誌』(1835、天保6年)に「和名ハマナシ、海岸のナシ」と記している。

世界最初の和蝦辞典として有名な『藻汐草(もしおぐさ)』(上原熊次郎、1792、寛文4年)には「濱梨 マウ」とある(マウはハマナス果実を指すアイヌ語)。上原は幕末の蝦夷通辞で、松前または奥羽地方の人と推定されている。本書は最上徳内を通じてシーボルトの手に渡り、ヨーロッパにまで伝えられたことでも知られる。

その他、蝦夷地と関係のある江戸時代の書『胡地養生考(こちようじょうこう)』、『韃国漂流記(だっこくひょうりゅうき)』及び『蝦夷見聞誌』にもハマナシが見られた。

ハマナスビと粟島

『全国樹木地方名検索辞典』(2007年)には石川県河北郡と新潟県粟島に共通して「ハマナスビ」があった。粟島には「ナスビノキ」もあった。

粟島は新潟市の北約65kmに位置する日本海上の孤島で、9世紀初めに北九州の松浦一族(現在の福井県北部である越前国出身:[以下「伝搬推定経路図」)が上陸、先住の蝦夷を追い払い、東海岸前浜に住み着いた[図。その半世紀後には越前国の本保信高が前浜へ上陸、松浦一族は西海岸へ移住して現在に至っている[図。長い間、他地域との交流が少なかったため、方言として古語の残存が多い。

従って、ハマナスビ、ナスビノキは北陸地方で生まれた古い方言であり、松浦氏及び本保氏移住の際に持ち込まれた[図❸❹後、離島という特殊な環境で生き続けたと考えられる。その誕生時期は、奈良時代から平安時代初期としても良いであろう。

ハマナスビ、ハマナス及びハマナシの伝搬推定経路

▲ ハマナスビ、ハマナス及びハマナシの伝搬推定経路(図版制作:佐々木デザイン事務所)

  1. 発祥地(能登・加賀・越中・越前国)から都へ/奈良、平安時代初期/ハマナスビ、ナスビノキ
  2. 松浦(安倍)党の勢力拡大 越前国→北九州/8世紀/ハマナスビ、ナスビノキ
  3. 松浦一族の漂着 唐津→粟島/9世紀初頭/ハマナスビ、ナスビノキ
  4. 本保信高の移住 越前国→粟島/848年/ハマナスビ、ナスビノキ
  5. 東北派兵及び藤原一族、越前・越中国人の東北移住/奈良、平安時代初期/ハマナスビ
  6. 東北各地への伝搬と短縮、転訛/奈良~室町時代/ハマナスビ、ハマナス、ハマナシ
  7. 蠣崎(後に松前)氏の蝦夷地進出/戦国時代初期/ハマナシ
  8. 京都から江戸への情報伝達と移住/江戸時代初期、中期/ハマナスビ、ハマナス
  9. 松前藩から江戸への情報伝達と写本/江戸時代中期、後期/ハマナシ
  10. シーボルトの江戸参府に伴う『藻汐草』入手/1826年/ハマナシ
  11. シーボルトの国外追放/1829年/ハマナシ
  12. シーボルト著『Flora Japonica』輸入/1835年/Hamma nasi
  13. 水谷豐文著『物品識名』の刊行と普及/1809年/ハマナス
江戸時代の文献に見るハマナスビとハマナス

『享保元文諸国産物帳』は1735年(享保20年)から数年をかけて行われた全国各領内の農産物等をまとめたものであり、当時の品種も調べられる貴重な資料である。これらを詳細に調べた結果、現在の石川県及び富山県のほぼ全域においてハマナスビが見出された。また、現在の富山県東部及び東北地方でハマナスビとハマナスの両方が混在していた。東北地方の一部には、ハマナス(ハマナスビ)をナスの一品種とする産物帳も存在した!

これらの記録は、前項で示したハマナスビが北陸地方生まれの古い方言という筆者の考えを支持している。また、ハマナスはハマナシの転訛ではなく、ハマナスビから派生したと考えるのが自然であろう。

産地で異なるナス果実の形状

ナスは古くから重要な野菜の一つとされ、『本草和名』(918、延喜18年)及び『和名抄』(931、承平元年頃)に「和名奈須比」と記録されている。品種改良がしやすいため、古くから地域特有の品種が知られている。京都では丸い賀茂ナスが愛好され、江戸時代の百科図鑑に記された絵も丸形である[図版2

現在、北海道、東北と関西以西では長ナス、甲信、北陸、関西では丸ナス[写真4、関東では卵形の千成ナスが好まれている。

前項の『産物帳』から、江戸時代においても現在の石川、富山両県では丸ナスが、現在の青森、岩手両県の一部では長ナスが主流であったことが裏付けられた。

なお、ナスはナスビが短縮された女房ことばとされ、宮中の女官から一般庶民に拡がり、室町時代後期頃よりナスと言われるようになったという。

渡来種トマトの旧名と方言

ハマナス果実とミニトマト果実はヘタの位置が逆である点を除くと、類似点が多い[写真5。トマトに関する我が国最古の資料は狩野探幽が『草木花写生図巻』(1668、寛文8年)に描いた絵で、「唐なすび」の名が付されている。初めて見た異国の赤い果実に、先人がナスビの名を与えたことに注目して頂きたい(ナシでもカキでもない!)。

『全国有用植物地方名検索辞典』(2008年)に収載されたトマトには、トーナス、トナスの他にトーナシ、トナシ、コーライナシなど語尾にナシの付く方言がある。これらの東北方言は、ナスビ→ナス→ナシと短縮、転訛することを示唆している。

筆者の「波末奈須比」語源説

奈良時代または平安時代初期、北陸地方においてその果実を丸ナスに擬えたハマナスビ(波末奈須比)、ナスビノキが生まれ、都へも伝わった[図。時を経ると共に、ハマナスビの短縮形ハマナスが徐々に普及していった。

平安時代、都で権勢を誇っていた藤原一族のうち、役職に恵まれなかった者は東北地方などへ移住した。越前、越中等からの強制移住も少なくない。それらの人々の動きに伴って方言ハマナスビも東北地方へ拡がった[図

東北地方においてトマトの旧名語尾は、ナスビ→ナス→ナシと短縮、転訛した。同様に、ハマナスビもハマナスを経て、一部の地域ではハマナシへと転訛した[図

戦国時代初期、蠣崎(後に松前)氏は本拠を北東北から蝦夷地に移した。これに伴い、松前には転訛したハマナシが導入され[図、後年、辞書等に浜梨と表記されるに至った。丸ナスが身近でない地域で、ナスの意味が薄れた結果である。

シーボルトは1826年(文政9年)に長崎の出島を出て江戸参府を果たした。その際、『藻汐草』等を通して松前方言ハマナシに関する情報を手にし[図、後年、『日本植物誌』等に盛り込んだ[図⓫⓬

江戸時代後期になって『物品識名』(水谷豐文、1809、文化6年、尾張国、[図版3)に「ハマナス 玫瑰秘伝花鏡」と記載され、ハマナスが標準和名として全国に拡がった[図

武四郎の玫瑰

蝦夷地を6回にわたって調査した松浦武四郎は、『按北扈従(あんほくこしょう)』に以下の記録を残している。「行に鱒の卵と玫瑰の実を煮て搗(つ)き合せ、餅に致して出す。魚油の臭甚しく、是には迷惑する也」(安政3年6月3日:1856年7月4日、南樺太楠渓)

アイヌ民族はハマナスの果実を生で食べたり、クロユリの鱗茎とあわせて餅のようにし、アザラシの油を付けて食べた。オメガ-3系脂肪酸を豊富に含むアザラシ油は酸化されやすいが、アイヌ民族にとって食事に不可欠な調味料であって、毒消し効果もあるという。ビタミンCに富む果実は、貴重な食糧となったであろう。

武四郎は玫瑰にルビを付していない。地元案内人がオタルフニ(茎)またはオタルフ(果実)と指さした海浜植物を、和語で何と訳したのであろうか?その興味は尽きない

ハマナスか、ハマナシか?

植物写真の第一人者・梅沢俊の集大成『北海道の草花』(2018年)はハマナスを採用し、説明文末尾に「浜梨の転化」と記している。国語辞典の代表『広辞苑』(第七版、2018年)は「はまなす【浜茄子】」の説明を「ハマナシ(浜梨)の訛」と1行で済ませ、「はまなし【浜梨】」の説明に11行を費やしている。

奈良時代の北陸道に始まり北は蝦夷地松前、西は長崎出島、さらには遠く和蘭(オランダ)にまで及ぶ千年の壮大な旅を終え、本誌読者は「ハマナス」と「ハマナシ」のどちらを和名として選ぶであろうか?

北海道命名から150年を経過した今、北海道の花に纏わるドラマにあれこれと思いを巡らす良い機会であろう。


あねたい・まさき(北海道大学客員教授)

1949年喜茂別町生まれ。札幌市在住。1968年函館ラ・サール高等学校卒業。1977年北海道大学大学院理学研究科化学専攻博士課程修了。理学博士。1982年から2014年3月まで北海道立衛生研究所に 勤務し、薬草、山菜、毒草、アイヌ民族有用植物などの化学的研究に従事。定年退職後、本草学に傾注。2012年から北海道大学大学院先端生命科学研究院招へい教員、2017年12月から同大学院薬学研究院招へい教員を兼ね、現在に至る。保科喜右衛門のペンネームで本誌に「北方本草誌」を連載中。

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