四、オイバと私の夢

薬草園と診療所

ワウ生態学研究所への着任当初から薬草園の管理をしていた私は、そこで伝統医の使う薬草の栽培を始めた。着任当時は、管理者がしばらく不在だった理由もあり、雑草と薬草の見分けがつかないほど薬草園は荒れていた。そこから薬草を見つけ出して、名前と利用法を明らかにし、雑草を取り除く作業が、私と助手のクレメンのこの研究所での最初の仕事だった。

薬草園は、ソマレ環境教育センターから試験農園(いまは研究所スタッフが野菜や果物を栽培している)を過ぎ、研究所の敷地内でも下の方の、ちょうど動物園の裏側にある。

斜面を利用して階段状に植え込みが仕切られており、区画ごとに利用できる病気名が札に記されていた。報告書によると、一九八七年に造成されたこの薬草園には、マラリア、脾腫、切傷やケガ、陣痛促進、鼻腫れ、疲労(膝や体の痛み)、風邪やインフルエンザ、咳、下痢、腹痛、脱臼、たむし、潰瘍の十三種類の病気に対して、この地域で利用されている四十種近い薬草を集め栽培していた。しかし、私の着任時(一九八九年)には二十種を数えるほどになっていた。

研究所を訪れる人や地域の人々に、実際に薬草が生きている姿を見てもらうためにこの薬草園は開かれた。病気ごとに利用される様々な薬草を紹介し、それらの利用促進を狙ったデモンストレーションの場として役立てることを目的とした。

オイバは、よい苗が見つかると数本ずつ研究所に持ってきては、薬草園や環境の適した研究所内の敷地に植えた。十二月になってから、しとしとと降る雨の日が多い。どうやら雨季に入ったようだ。その日は小雨の中、数本の薬草を植えた後、研究室でお湯を沸かして、オイバと助手のアイザックと私の三人で温かいお茶を飲んでいた。雨降りの日のワウは、涼しいというより肌寒いぐらいだった。するとオイバが話し始めた。
「息子は仕事を持っていて熱心ではない。ワシはもうじき死ぬ。だからお前に教える。お前は、少なくともあと五年ここにいなければいけない」

私はそれを聞いて、苦笑しながら軽くうなずいた。これまでオイバの治療を実際に見てきたが、その治療行為が生計を立てるほどの収入になっているとは思えなかった。息子が伝統医の仕事を引き継がずに他の仕事に就いているのは、貨幣経済が地方まで浸透してきた現状では、賢い選択かもしれない。さらにオイバは話を続けた。
「政府は私たち伝統医を公式になかなか認めてくれない。だから一緒にポートモレスビーに行って直訴して、診療所を作らせよう」

息巻くオイバに圧倒されたが、私もそのころ同じようなことを考えていた。ポートモレスビーの中央政府に直訴するのは容易ではないが、診療所を作ることは大賛成であった。薬草園を充実させ、研究所の敷地内にある古い小屋を改造すれば、診療所は私たちの力でできるかもしれない。パプアニューギニア版小石川養生所だ。私はできるかぎり協力することを伝え、ハリー所長に相談して、研究所の協力が得られるように努力することを約束した。

その後、オイバは地道に、少しずつ薬草の苗を集めては研究所にやって来た。そして、避妊に用いるタクとイヘサ、性病に用いるゴロアオ(Smilax barbata ユリ科)とガルンベン(Pipturus argenteus イラクサ科)、歯痛に用いるゼッボル(Hedyotis verticillata アカネ科)、さらに下痢血便に用いるゼンゼンなどを植えた。

夢をいつまでも

年が明けて一月十五日、日本から朝日新聞の記事の切り抜きが届いた。これは、年末に浦和支局の記者が過酷なスケジュールの中、交通の不便な田舎町ワウまで来て私を取材してくれた記事だった。「さいたま地球人」というシリーズで「薬草医術へ処方せん―現地人の知識体系化に奔走―」の見出しだった。私の仕事とオイバのことを紹介してくれた。ちょうどオイバがやって来たので、その記事を見せ、ピジン語で説明してあげた。その記事を見て、オイバも私も勇気づけられた。

診療所の件は、ハリー所長に話すとすぐに賛同してくれた。私は診療所開設の提案書を作成して所長に渡し、資金が得られるように頼んだ。

ところが、このように調子に乗ってきた時に、休学中の大学院から手紙が届いた。その手紙には来年度の休学が困難であることが書かれており、大学院を辞めるか復学するかの選択を迫られてしまった。突然の知らせに困惑し、呆然と立ち尽くしてしまった。その後約一ヶ月、悩み迷って多くの人に相談した結果、復学するため三月いっぱいで帰国することを選んだ。

帰国を決心してからの約一ヶ月間、これまでの調査と研究の成果をまとめる作業に費やした。私は、これまでの結果を伝統医たちに渡すため、「Tradltlonal medicine of the Morobe Province in Papua New Guinea(パプアニューギニアのモロベ州における伝統医学)」と題して、ワウ生態学研究所の公式レポートとして英文でまとめた。前半は、伝統医オイバ、ヤーネスとレベッカの薬草に関する伝統的な知識と植物学的な研究の結果を薬草のカラー写真付きで紹介し、さらに私たちが研究所で行なった化学分析の結果を付けた。後半では伝統的な治療法の実際としてオイバと彼の治験例を紹介した。この報告書の一冊はオイバに直接渡した。もう一冊をヤーネスとレッベカに渡そうと準備しておいたが、私が帰国するまでに研究所に現われなかったので、研究所の図書室に保管してもらった。

まさに後ろ髪を引かれる思いでの帰国となったが、その時の気持ちがいまも伝統医学の研究を私に続けさせ、さらに伝統医学に私を従事させたのである。そして、またいつの日かパプアニューギニアの伝統医たちと語りたい。

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書籍詳細

パプアニューギニアの薬草文化
パプアニューギニアの薬草文化 熱帯林に伝わる医療の知恵
堀口和彦・松尾 光 共著
日本大学生物資源科学部資料館双書2
B6判 / 256頁 / 定価1,540円(本体1,400+税)/ ISBN4-900358-43-6
完売[1998/03/25]
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